時が流れても、きっと一緒に
written by 守護雷帝
『コンコン』
それは、魔法の音。
『コンコン』
波紋が広がるように、それは大きくなって返ってくる。どんなに小さくても、どんなに弱々しくても……その魔法は、必ず大きく返ってきて、勇気を与えてくれる。
いつでも、お兄ちゃんはわたしを見てくれてる。
それが、すごく嬉しい。
・
・
・
「ねぇ、お兄ちゃん。晩御飯、何がいい?」
「そうだなぁ……。たまには鍋なんてどうだ?」
「あ、それ、いいね」
わずかに考える仕草を見せた後、健二は答える。そして、すぐに雪希の答えが返ってくる。その表情は、穏やかな―
しかし、喜びに満ちた笑顔。
今までと全く変わらない買い物の光景。二人にとっては、間違いなく楽しさに溢れた一時。だが、今は少し違う。楽しさは変わらないが、幸せさがプラスされている。
まさしく、二人にとって至高の時間と言ってもいい。
「あれー? 雪希ちゃんと先輩?」
と、背後から思いがけない― と言うよりは、かけられてもおかしくない声がかけられた。
そう認識した瞬間、二人は電光石火で距離を取った。
しかし、時既に遅し。
声がかけられた時点で、しっかりと目撃されてしまっていたのだ。仲睦まじく腕を組んで歩いているところを。
「じ〜〜」
「し、進藤さん? き、奇遇だね」
「じ〜〜」
妙なジェスチャーというかなんというか……そんなものを付属した雪希のあたふたとした声もしっかりと無視し、ひたすら擬音と共に視線を突き刺してくる。
その視線の先は、健二と雪希の腕。先ほどまで、しっかりと組まれていた部分だ。
「ど、どうした? 進藤」
「じ〜〜」
努めて冷静に尋ねる健二だが、糠に釘・暖簾に腕押しの状態で全く話にならない。
「そう言えば…………向こうの方に、ファミレスがありましたよね」
ぼそりっと形容するのもふさわしくないほどの、喧噪に紛れてしまえとでも言いいたげな語気。
「よ、よし。喉も渇いたし、ファミレスでも行くか。し、進藤も一緒にどうだ?」
武道に精通している者は、相対したときに敵の一挙動一投足に全神経を集中するという。さながら、武道の熟練者のような集中力を見せていた健二はその声を聞き逃さなかった。
「にまぁ〜」
その台詞を聞き、進藤が表現するのもはばかれるようなキ○ガイじみた笑みを浮かべた。
ずざざっ、と一瞬引きそうになった二人だが、自分達の置かれている立場が実は砂上の楼璧どころか、沖の鳥島・防壁無しバージョンであることを思い出し、かろうじて思いとどまる。
(もう少しで、日本の領海が減るところだった……)
すでに支離滅裂な思考回路が成立している健二は、胸中でそんな訳の分からないことを考えていた。
(
(200海里が減るから、漁業収益の減少は……)
そして、思考パターンが似ているというか電波の周波数が一緒というか―
雪希も同じようなことを考えていた。
だが、考えていることが一歩、いや、数歩先を行っているのは、やはり生来の出来の差と言えるだろう。この際、高校1年生がそんなことを考えること自体が不自然ではないか、という疑問は脇に置いておくとしよう。
「わぁ〜。先輩の方から誘って下さるなんて、か・ん・げ・き・です〜」
普段の壊れたラジオよろしくマシンガンのようにずだだだだだと言葉は出てこない。
しかし、その分、一つ一つの言葉に込められたモノは強烈で、ぐさぐさと健二に突き刺さる。おまけに、普段の仕返し&弱みを握るチャンスとばかりにきらりと怪しげな星が目の辺りに光り輝いているのだ。
健二としてもそうそう思惑通りになってたまるものか、と形勢逆転を狙っているのだが……当然ながら、ライオンの前に飛び出したウサギに逃げ切る術はない。正面切って相対してしまったこと自体が、そもそもの誤りなのである。
「うっふっふっふ…………」
並んで歩き出した二人の背後から、ちょうど健二と雪希の間に存在している微妙な隙間を抜けるように、不気味かつ楽しさに満ち溢れた笑い声が通り抜けていく。
正面を見ていれば、二人の顔にはにこやかな笑顔が張り付いているが……進藤の視線がぶつかる背中は、冷や汗と脂汗でマーブリング状態だ。二人に対して取っている進藤の不可思議な距離が、さらに威圧感を醸し出して圧倒している。
結局、二人がこの威圧感から解放されたのは、目的地であるファミレスに着いてからだった。
ファミレスは、夕方という時刻も相まって、喧噪に包まれていた。しかし、運が良いというか悪いというか……ちょうど、3人が入ったときには席が空いていた。
ソファーとイスのタイプの席に案内され、健二と雪希がソファー側に進藤がイス側に座る。しかも、おあつらえ向きというかなんというか……他の席に比べて隔離性が高い。進藤の座った位置から考えると……要するに、攻めるは易し守るは難しと言うやつだ。
「さって、なに頼もっかなぁ〜♪」
語尾に可愛く「♪」などが付いて、外から見れば友達との外食が楽しくて楽しくてしょうがないという、かなり浮かれた雰囲気丸出しだが……それがオーダーや食事に対するものでないことは、今までの不気味な行動が如実に現している。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
しばらくして、ウェイトレスがオーダーをとりに来た。進藤の動きに全神経を注いでいた二人は、慌ててメニューを開く。
「えっと、苺抹茶プリンアラモードとレモンミルクスカッシュ」
進藤が言ったメニューを、ハンディに打ち込むウェイトレス。だが、まだ研修中らしく、動きがぎこちない。
だが、進藤が頼んだものが何なのかを認識すると、ハンディを打つ手がぴたっと止まる。それはそうだろう。すでに、人間が摂取できるものであるかも怪しい。
「じゃあ、私はアイスコーヒーで」
「俺は……グレープジュース」
そのおかげか、健二と雪希のオーダーも間に合い、オーダーの確認をしてウェイトレスは奥へと引っ込んでいった。
若干、声が震えていたのは言うまでもないが……まだまだ営業スマイルに代表される鉄壁の接客技術が身に付いてないので、それも無理からぬ話だろう。
「ところで…………さっき、何してたんですか?」
一呼吸置いて、進藤が言葉を吐き出した。
『来たっ!』
期せずして、お互いの心の叫びが一致した。
「ゆ、夕飯の買い物だ」
「そ、そうそう。たまにはね」
覚悟していたにも関わらず、二人して声がどもってしまっている。これでは、徒手空拳で銃撃部隊に突撃するのとほとんど同じだ。身の程知らずもいいところである。
「まぁ……兄弟仲睦まじいのは良いことですけどね」
にまぁ〜と不可思議な笑みを浮かべながら、はっきりとそう呟く進藤。どうやったら、笑みを維持したままはっきりと言葉を紡げるのか大いに不思議ではあるが……まぁ、進藤と言うことで納得していただきたい。
「でも、実際びっくりしましたよ。あそこまで仲が良い兄妹って言うのも、珍しいですよねぇ」
ぐさり― 間違いなく、健二と雪希は心の中でそんな音がした。
しかし、それを表情に出さないようにする努力だけは…………しても無駄だった。根が正直な二人だ、完全に表情と行動に出てしまっている。頭隠して尻隠さず以前の問題だ。何一つ隠せていない。
「あ、でも、ほら、アメリカの方じゃ、兄弟や親子でも挨拶でキスするとか言うし……」
雪希が、持ち前の機転でそう反論する。いかにも、今思いつきましたという感じがありありと分かるが……それでも、立派なものだ。
「そうらしいね。でも……腕を組むところまではいかないらしいよ?」
「あっ……」
そう、所詮は挨拶に過ぎないのだ。二人ほど親密な行動は普通しない。……どうやら、墓穴は二つ用意した方が良さそうだ。
「……」
「……」
「……」
奇妙な沈黙が流れる。
周りが相変わらず騒がしいのと隔離制の高いスペースのため、そこだけ切り取られたかのように感じられる。
「お待たせいたしました」
グッドタイミングというか、全く意味がないというか……そんな微妙なところで先ほどとは違うウェイトレスがやってきた。
テキパキと品物をテーブルに並べていく。……しかし、確認もせずに誰がどれを頼んだのかよく分かるものである。
「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
「あ、はい」
反射的に、健二が応えた。やはり、年長者としてのプライドであろうか? 長年の習慣というやつもあるかもしれない。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言って、ウェイトレスが去っていく。
「いただきま〜す」
それを見計らって、一同が運ばれてきたものに手を伸ばす。……と言っても、食べ物を頼んだのは進藤だけなので、主に進藤になるのだが。
「……そう言えば、近親相姦って言葉、知ってます?」
「ぶほっ!?」
パフェを食べるスプーンを止め、ふと思い出したように呟いた進藤の言葉に反応し、盛大に吹き出す健二。
「ごふっごふっ……」
「けほっ、けほっ……」
だが、咳き込んでいるのは健二だけではなかった。吹き出しこそしなかったものの、雪希も思いっきり咳き込んでいる。
「い、いきなり何を……」
「そ、そうだよ! そ、そんな……」
落ち着いた二人が口々に抗議の声を上げる。
しかし、進藤はそんなことには米粒ほどにも関心を払っていないらしい。黙々とパフェをつついている。
それが、かえって二人の動揺を煽る結果となった。もし、狙ってやっているのなら、相当の策士と言えるだろう。……ほとんど役に立たない技能ではあるが。
「ふぅ〜〜〜〜〜〜ん」
若干の間をおき、鼻にかかった冷たい返答をする。ジト目がすーっと雪希から健二に流れていく。
「ところで、『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』って言葉、知ってます?」
「あ、ああ」
「知ってるけど……」
雪希はともかく、健二が知っていることには少々驚きだが、まぁ、ありふれている言葉なので問題はない。
それよりも、やはり問題は進藤だ。テーブルに肘をつき、指を組んで手の甲にあごを乗せる形を取っている。さらに、その表情はニコニコと楽しそうだ。
もともと顔立ちが良いので、そうやっていると非常に美少女チックで良いのだが……それこそ『綺麗な薔薇には刺がある』だ。しかも、強力な毒がオプションで付属している。
「豊臣秀吉って、最高ですよね?」
おもむろに沈黙を破り― そう言った。
(右舷左舷共に全滅。中央艦隊、猛攻撃を受けています! ああっ!? 第三中央艦隊全滅しました! 旗艦護衛戦隊を除き、九割壊滅!)
どこからともなく、健二の頭にそんな思考が流れてきた。
「降伏宣言を出そう」
思わず、健二はそんなことを口走ってしまった。しかし、健二がこれから話す内容は実際的には降伏宣言だった。
「ところで進藤」
「はい?」
「お前は、雪希の友達だよな? いや、むしろ、俺から見ていれば親友と言っても差し支えないだろう」
「は、はぁ……」
「そこでだ……これから話すことは、雪希の親友だからこそ話すと言うことをしっかりと頭に入れておいて欲しい」
「えっと……分かりました」
普段がちゃらんぽらんな健二がこんなまじめな事をいうものだから、思わず進藤の返答にも力が入る。
「よし。……進藤、ところで、なにが知りたいんだ?」
一瞬の静寂。
雪希と進藤は、そこだけが本当に隔離空間になったかのような錯覚を覚えた。
「せ・ん・ぱ・い〜〜? それ、本気で言ってます?」
表情だけは笑顔のまま。しかし、進藤を見慣れている人間―
この場合にもっとも適当なのは雪希だろう―
には、その笑顔が張り付いたものだと言うことがよく分かる。かなり危険な兆候だ。
「…………まぁ、気にするな。ちょっとしたお茶目というやつだ」
普段と違った進藤の口振りに、さすがの健二も怖じ気づかずにはいられなかった。
「まぁ、薄々気付いてるとは思うが……雪希とは付き合ってる」
それこそ、本気で言っているのか正気を疑いたくなってくる。
今までの行動から、まだ『薄々』などという単語が出てくるのだから、よっぽどの大物か大馬鹿かのどちらかだろう。そして、この場合は後者である可能性が非常に高い。
「……。えっと、二人は兄妹であってましたよね?」
「ああ。血は繋がってないが」
「あ、でも、戸籍ってどうなるんだろ……?」
今にして考えてみたら、と言った感じで雪希が独りごつ。
本来なら真っ先に気にするべき問題なのだろうが……健二に関わることとなると、常識・モラル・ルールなどと言ったものがすっかり抜け落ちてしまう。
『恋は盲目』とはよく言われるが、ここまで来るのも珍しい。まさに、恋愛に関しては天然記念物者だろう。普段から色々な面で天然記念物者だという意見もなきにしもあらずだが。
「……入ってるんじゃないか? やっぱ」
しかし、今までそんなことを気にもしなかったのは健二も一緒だった。子供の頃からなので、いて当たり前―
『兄妹』としての絆さえあれば二人にとっては十分だったのだ。
だが……それ故に、計画性の無さが伺える。子供が出来たときの慌てふためきようが手に取るように分かるというものだ。
「もし、雪希ちゃんが養子だったらどうするんですか? 養子になってると、どうやっても結婚できませんよ? 勿論、子供だって作れないし……」
「いや、雪希が養子だったら元の籍に戻ればいいし……」
「お兄ちゃん。私の実の両親ってもういないよ。承認をどこから取るの?」
「……。んじゃあ、俺が成人して今の籍から外れば……」
「戸籍履歴で、養子とはいえ兄妹だって事はバレバレですよ。無理です」
「…………ふぅ」
一つ溜息をついて天井を見上げる健二。
その表情には、一つの仕事をやり終えたすがすがしさが満ち溢れていた。どうやら、これで持ちネタは全てらしい。いかにも、健二らしいと言える限界点だ。
「はぁ……どうせ先輩のことだから、そんなところだろうと思ってましたよ」
「むっ……考えてるだけマシだろ?」
「考えてるだけで通るほど法律は甘くないですよ」
「で、でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに一生懸命考えてくれてるし……」
容赦のない進藤をなだめるように雪希が口を挟む。
しかし、それで事が解決するものでもない。
「まぁ、どちらにしても、このままだと世間様から後ろ指さされてこそこそと出世街道からも外れて、あ、先輩が出世街道に乗れるかどうかはともかく、生活能力も最低ランクでその日暮らしの人生裏街道を爆進しつつ戸籍上は完全に独身のままお見合いの話なんかも常に断りつつ子供もいないダメ人間の典型のような楽しみも喜びもないようなおさむ〜い同棲生活をしなくちゃならないって事ですね」
ついに、いつもの進藤マシンガンが炸裂した。畳みかけるようなその勢いは、どんな思考も追随を許さない。
「ど、同棲だなんて……」
雪希が赤面する。どうやら、雪希の明晰な頭脳を持ってしても、進藤マシンガンに耐えることは出来なかったらしく、一番最後の部分しか聞き取れなかったらしい。…………むしろ、この場合は雪希的自然の摂理で最後の部分しか認識されなかった可能性の方が高いが。
「そうは言うがな……どうしろって言うんだよ?」
その証拠に、健二はきちんとことを認識している。
……すでに人間の許容量を超えた速度で話していた進藤の言葉(?)をきちんと認識できたこと自体が不自然なのかもしれないが、それでは話が進まないのでここでは認識できたことにする。
「先輩はどうするんです?」
「俺は…………」
ろくでもないことに関して雪希を丸め込むのだけは得意な健二だが、さすがにこの問い、しかも進藤相手では言葉に詰まるらしい。
「耐えてみせる。世間から後ろ指さされようが、出世街道から外れようが。雪希さえ、それを耐えてくれるなら……」
「わ、私だって平気だよ!!」
決意を露わにした健二の言葉に、雪希が追随した。二人の瞳は、これ以上ないほどの真剣さを宿している。
「……はぁ。そんなあぶない道に踏み込もうとしてるのを黙って見過ごせませんよ、私は。それが、親友ならなおさら」
そう言って、進藤が席を立つ。
「明日は休みですから、家にいて下さい。あ、雪希ちゃんもね。……それと、先輩、ごちそうさまです」
最後にイタズラっぽく笑って、進藤は出口の方へと向かっていく。いつの間にか、パフェは空になっていた。
「お、おいっ!?」
しばし呆然としていた健二が我に返って呼び止めようとしたが、すでに進藤は店の外へ出た後だった。
・
・
・
そして、翌日。
意味不明な捨て台詞を残しつつ食い逃げ同様に帰っていった進藤の言葉通り、二人は自宅に籠もっていた。
と言っても、昼間からいちゃついてあーんなことやこーんなことをしていたわけではない。いや、正確に言うと、いつ進藤が来るか分からないから出来なかったという方が正しい。やはり、熱愛中の若く健全なカップルである。
「しかし、進藤は何をするつもりなんだ?」
今日幾度目になるか分からない問いをまたもや繰り返す。
昨晩電話をかけたが、「忙しいのでまた明日」とすっぱり切られてしまった。そのおかげでこうやって朝から待っているわけなのだが……夕方になっても、進藤は現れない。完全待ちぼうけだ。
ピンポンピンポンピンポン
と、突如インターホンがすさまじい速度でなり始めた。時間的にも人間的にもこんな風に登場する奴は一人しかいない。
「進藤、一体どれだけ……」
「どーゆーことですか!?」
出会い頭に直接文句を言ってやろうと玄関を開けた健二の胸ぐらを、進藤が般若のような表情で掴んだ。あまりの剣幕に、思わず健二は息をのんだ。
どうでもいいが、これでもし出てきたのが雪希だったらどうしたのだろうか?
「ど、どうしたんだよ?」
やっとの思いでそれだけを口にする健二。詰め寄っている進藤の表情がかなり恐い。
「先輩と雪希ちゃんは兄妹じゃなかったんですか!? 私をだましたんですか!?」
「はぁ? 何言ってんだ? 俺と雪希は正真正銘の兄妹……」
「だぁ〜ったら、なんで戸籍に雪希ちゃんの名前がないんですか!?」
「な、なにぃ〜!?」
今度は、進藤が驚く番だった。
最後の台詞を聞いた途端、健二が窓ガラスが割れるのではないか? と疑問を投げかけたくなるような大声で叫んだのだ。思わず、進藤は耳を押さえる。だが、その威力は音波攻撃にも近いくらいになっており、声がやんでも耳鳴りが収まらない。
「それ、どういうこと……?」
更に健二が詰め寄ろうとしたところで、この世の絶望を悟ったかのような声が割って入ってきた。
「……進藤、説明してくれるんだろ?」
「え、ええ。元からそのつもりで来たんですし」
まだ耳鳴りがしているので辛いが、なんとか声が聞こえるくらいには回復した。……ある意味、こ の回復力は恐ろしいものがある。
「だったら、とりあえず上がってくれ。居間で話した方が良いだろう」
どうやら、雪希の様子を見て取って熱が引いたらしい。冷静に事態を収拾へ向かわせるべく頭脳が働いた。
健二の頭脳は、雪希に良からぬ事をさせようと画策しているだけではないらしい。
健二が居間へと向かうと、二人ともそれに続いた。
「まぁ、率直に言いましょう。ここの片瀬家の戸籍に雪希ちゃんの名前はありませんでした」
ソファーに全員が着いたことを確認した進藤が、ズバリと本題だけを言い放った。
「……本当か?」
「ええ」
しかし、当事者である雪希も兄妹であることを疑いもしなかった健二にも、それは受け止めがたい事実だ。
「……なるほど。しかし、どうやって調べたんだ? 確か、そこの戸籍に所属している本人の身分証明書がなければ戸籍は確認できないはずだが……」
「最近は、全部OA化されてるから楽なんですよ」
そう言って、中空で両手― 正確には、両手の指を動かしてみせる。いくら健二でも、それの意味するところは分かった。
「お前、それ、犯罪…………」
そう、進藤はハッキングをしたのだ。つい数年前までは全て書類で管理していたが、最近では便利だからとパソコンに打ち込む自治体が増えてきているのだ。
「足跡は完璧に消したから平気です。ばれなければ犯罪そのものが成立しません♪」
さらっと『♪』付きでとんでもないことを言い放つ。
「いや、そう言う事じゃなくてだな……」
「ねぇ、進藤さん。戸籍に載ってないって事は、私は存在しない人間なの?」
本題から逸れた二人の会話を、雪希の沈痛な声が遮った。
健二と進藤は一瞬にして表情を引き締めた。
「それは無いと思う。学校に通ってるって事は、普通に考えたら公式な書類がいるわけだし。たぶんどっかに所属してると思うんだけど……」
進藤も、まだまだ凄腕と言うわけではない。地方の官庁レベルであればなんとかファイヤーウォールを突破することもできるが、やはり時間がかかる。妥当な線である親族がどこに住んでいるか分からない以上、入っているの戸籍を見つけだすのは不可能だった。
「ここに入ってれば、架空の戸籍でも親族でも適当に偽装して誤魔化そうと思ったんだけど、さすがに元がないと打ち込むデータが不完全になるから……」
「ちょっと待て! お前はそんなことを企んでいたのか!?」
さすがの健二も、進藤がやろうとしていたことの重大さに気付いた。
「そうですよ。これくらいしないと、一度兄妹になった二人が結婚するなんて無理です」
慌てる健二に、涼しい顔で答える。
「ばれたら犯罪だぞ!?」
「『耐えてみせる。世間から後ろ指さされようが、出世街道から外れようが』って宣言したのは誰ですか? これはその場限りの虚言だったんですか?」
進藤の目が細められる。その声はあくまで冷静。
しかし、その目に宿る光は尋常ではない威圧感を放っている。思わず腰を浮かせた健二の方が、すくんでしまいそうだった。
「いや、虚言なんかじゃない」
しかし、逆ににらみ返すようにして言葉を返す。健二にしても、この気持ちを疑われるのだけは耐えられない。
「だったら、多少違法でもその重圧に耐えることです。……もっとも、この状況じゃどうにもなりませんけど」
そう言って、進藤が深く溜息をつく。それは健二も同じ思いだった。八方塞がりで手が出せない。
「……あのさぁ、お父さんに聞いてみたら? 今日、休日だし……」
今まで沈黙を守っていた雪希がそう進言した。弾かれたように二人が雪希を見た。
「な、なに……?」
さすがの雪希でも、若干恐いものを感じる。
『先輩!』
『合点承知!!』
互いに視線を交わした健二と進藤は、そうアイコンタクトで会話をした。
健二が、片手を支点にして地面と並行に体を浮かせる。そのまま、飛び上がった勢いを利用してソファーを飛び越えた。いくらか、体操の鞍馬に似ている動きだ。
綺麗に着地した健二はすぐさま電話台に駆け寄り、ダイヤルパットを開く。父親の携帯番号を確かめ、電話機を取って素早く打ち込んだ。
呼び出し音が子機のスピーカーから流れてくる。この間わずか10秒。すでに、人間業ではない。
ガチャリ
「親父か!?」
「あ? 健二か。どうした? お前が電話をかけてくるなんて珍しい」
休日と言うこともあるのだろう。出てきた父親の声はひどくでろんとしていた。
「んなことはどうでもいい。一つ聞きたいことがある」
「おお、金の相談以外なら聞いてやるぞ」
金の問題を出してくるのもあれだが、それ以上に『聞いてやる』という台詞が父親らしくて小憎らしいと健二は本気で思った。
しかし、今はそんなことにこだわっている時ではない。
「雪希と俺は兄妹なのか?」
ずでん!
背後で盛大に滑る音が鳴ったが、健二は気付いてもいない。
「何言ってるんだ? 当たり前だろ」
この状況を考えれば当たり前の答えが、ひどくつまらなそうに返ってくる。
「それじゃあ、なんで雪希はうちの戸籍に入ってないんだ?」
誤魔化しても無駄― それは健二が一番よく分かっていた。直情型だが、どこか得体の知れないのが自分の父親なのだ。
ここで誤魔化そうものなら、どういう結果になるかは火を見るより明らか。だったら、ストレートで勝負に賭けた方が良い。
「ああ、そう言うことか。心配するな、それなら平気だ」
なにが『そう言うこと』でどう『平気』なのかは分からないが、自信ありげに父は言う。
「だから、どうなってるんだよ!?」
思わず、電話口に向かって怒鳴ってしまう。
いくらそう言われたところで、納得できるものではない。言ってしまえば、自分達の将来がかかっていると言っても過言ではないのだ。
「ったく、耳に痛ぇよ、怒鳴んな」
対して、父親はいかにも迷惑そうに言う。
「だったら、きちんと説明してくれ」
さすがにここでこれ以上機嫌を損ねてはまずいと言うくらいの考えは働く。健二はいくらか声のトーンを落として再度促した。
「ったく、なんでんなことも分かんねぇかな? 雪希は、本家の籍に入ってんだよ」
「……へ?」
「だから、雪希の祖父母の養子って事になってんだよ」
疑問符を述べた息子に、諭すようにかみ砕いて説明してやる。態度に、「なんでんなことも分かんねぇんだ?」というあからさまな疲れの色が見える。
「……親父の養子じゃなかったのか?」
「だれがんなこと言ったよ。お前もいるし、雪希も小せぇし、こっちの方が良だろうってことで預かったんだよ。まぁ、親戚誰もが引き取りたくなかったんだろうな。いつの間にか決まってやがった。籍に関しては、本家の血筋が無くなると困るからってゆー単純かつふざけた理由だ」
「ど、どーして言わなかったんだよ!?」
最後まで聞いて、健二の胸中に先ほどまでとは違った怒りが浮かんだ。
「言ってどうするよ? それが理解できるだろうって年になったときには、本当の兄妹そのものだったからな、わざわざ混乱させる必要もねーと思ったんだよ。まぁ、祖父母の両方が死んだときか雪希が成人してからか―
いつかは言わなきゃなんねーだろうと思ってたがな」
そう、出張などでいないことも多かったが、健二と雪希は間違いなく大事な子供だ。血が繋がっていようが繋がっていまいが関係ない。
だからこそ、二人の間に溝が出来ることを避け、そのことが完全に理解でき、なおかつ必要になるまで黙っていようと思っていたのだ。
健二にも、それは十分すぎるほどに分かる。
「……はぁ、分かったよ。まぁ、それだけ確認できればそれでいい」
「おい、こっちからも聞きたいんだが……一体なんでそんなこ」
がちゃり
健二は、自分の用件だけを言って電話を切ってしまった。すでに、最後の父親の声は聞こえていない。驚愕の事実だったが、それ以上の嬉しさが全身を支配している。
「ど、どうだった……?」
外部スピーカーなど無いので、健二の話し声では内容は全く理解できない。恐る恐る雪希は健二に問い掛けた。
数瞬の間。雪希には、それが永遠にも感じられる。
健二はふっと表情を緩めた。その問いに、健二は笑みだけで答えたのだ。だが、それだけで十分だった。言葉無くとも、それがなにを意味するのか伝わってきたのだから。
FIN
後書きチックなモノ〜取り扱いには十分お気をつけ下さい〜
と言うわけで、かなりお久しぶりなSSを書いた守護雷帝なのだ〜。いやっはっは……オリジナルに本格的に手を出し始めた上にサークル活動が異常に忙しく、しばらくHPに上げるものは影も形も鳴りを潜めていましたからねぇ(苦笑)。
仮企画のキリ番リクエストSSを除けば、本気で半年ぶりくらいかと記憶をたぐりよせる始末です(笑)。←実質は3ヶ月くらいです。
閑話休題(それはさておき)
今回は、初挑戦の「みずいろ(ねこねこソフト)」のSSです。
その中でも、血は繋がっていない最強のブラコン妹でおっとりしてない天然!の片瀬 雪希嬢です(笑)。
久々に琴線を刺激される(と言っても、萌えの観点からですが(爆))作品で、この作品ならばと旧スタイルの「三人称第三者視点」で書いたんですが……ものの見事に失敗しました(爆)。 ブランクと経験不足というのもあるんでしょうが……これは通常の3人称よりも難しいです。……なによりも、自分のテンションの維持が(笑)。
テンションがのらないと全く書けない状態に陥ってしまって……かなりの時間をかけることになってしまいました(泣)。
やはり、元のスタイルで行こうと心の底から思う今日この頃です(笑)。
さて、語ることもないようなので、本日はこの辺りで失礼させていただきます。
であであなのだ〜。
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