勝負は一瞬。

 そう思わせる雰囲気が、そこにはあった。

 しかし、当人達に過剰な緊張はない。ありふれた構えで立っているだけ。

 むしろ、それを見守る立場の方が、呼吸すら忘れるような緊張を味わっていた。
 
 やがて。四人は風のように、あるいは柳のように動いた。

 何人が、その動きを正確に把握できただろうか。

 誰もが予想したとおり、勝負は一瞬で決した。片方のペアの、完全勝利によって。

 余韻の静寂に支配される空間に、

 『勝者、林 和広(はやし かずひろ)・黒鞘 燐(くろさや りん)ペア!』

 という審判の声が高らかに響いた。

 と同時、観客達から大歓声がわき起こった。

 序列戦本戦、決勝進出。林 和広と黒鞘 燐がおさめた戦績である。



「すごいな……」

 大歓声に包まれる学生寮三番館の広間。他の寮生と同じく、遠隔中継の画面に食い入るように見入っていた山路 進司(やまじ しんじ)は、溜まった呼気を吐き出しながら言った。

「ああ。魔法の天才・林 和広と残影の黒鞘 燐――圧倒的だな」

 隣に座っている庫裡 正器(くり まさき)が応じてきた。先ほどの光景を繰り返しているかのように、画面に視線が固定されている。

「なぁ、正器」

 周囲では、興奮冷めやらぬ騒ぎが続いている。発せられた声は、その騒ぎに紛れるような、どこか弱気な声だった。

「ん?」

「俺は……あそこに行けるか?」

 同じように視線を画面に向け、進司は問うた。

「今回、俺は予選に参加した。けど、そこでは厳しい現実を突きつけられただけだった。本戦なんか、こうやって安全な所から見てたって隙一つ見つからない。こんなに……次元の違うもんなのか?」

 珍しい進司の弱気に、正器は一瞬面食らったようだった。

 しかし、考えるように眉根を寄せ、正器は言った。

「そうだな。ここの上位連中は次元が違う。今は、厳しい現実が、真実だ」

 正器自身も感じたこと。それをどう取るか――それは、進司次第だろう。

「あ、いたいた。お兄ちゃん、進司君!」

 喧噪に紛れまいと張り上がる声。声に引かれて見れば、広間の入り口にいたのは、庫裡 春菜(くり はるな)と倉品 ほたる(くらしな ほたる)と七海 紗夜香(ななみ さやか)だった。

「すごかったね、林先輩と黒鞘先輩。もう、一瞬で勝負ついちゃったし。やっぱり、コンビネーションって重要なのねー」

 近づきながらはしゃいでまくし立てる春菜は、まだまだ興奮の渦中にいるようだ。

「当たり前だな。魔法技術が発達したからって、魔法は絶対じゃない。一人で万能にはなれないさ。……例外中の例外を除いて、な」

「……ひょっとして、荒瀬 誠(あらせ まこと)さん?」

 正器の言葉に、紗夜香が反応した。

「確か、去年と一昨年の本戦で林さんと黒鞘さんが手も足も出なかったって聞いたけど」

「ああ。学園始まって以来の麒麟児、魔法の大鬼才、学園史の例外……荒瀬 誠はそんな風に言われてる。今は大学部で早くもその名を知られる有名人になってるって話だ」

「へーそんな人がおったんか。なんか都市伝説みたいで胡散臭いなぁ。ここら辺にもいくつかあるやろ? そーゆーの」

「う、胡散臭いってほたる……第一、去年の話なんだから……」

 一瞬にして事実を曖昧化してしまったほたるに、思わず顔をひくつかせてしまう春菜だった。

「だったら、今度大学部に忍び込んでみようや。どんなんか、実物を見るんが一番やろ?」

「お前、今胡散臭いって言ったばっかだろうが。極端すぎるぞ」

「細かいこと気にするやっちゃなぁ。進司みたくおおらかでなきゃならんで、こういう時は」

 腰に手を当ててしたり顔で言うほたるに、正器は溜息で応えた。

「それ以前にほたる。人の性格ころころ変えさせようとするのやめよーよ」

 兄の態度を代弁するように、肩を落として言う春菜。ほたるは、一度ひくりと口元を引きつらせると、おもむろに懐に手を差し入れた。

 そして、一同の見守る中、素早く手を引き抜いた。

「あたっ!」

 次の瞬間に上がったのは、乾いた音と春菜の悲鳴だった。

「なっ、いたっ、ちょ、ほたる、あたっ!?」

 ぱしんぱしん、と連続して鳴る乾いた音。

 その源は、ほたるの指から繋がった糸の先に付いているミニチュア版のハリセンだった。

 それを正確無比かつ高速に動かして春菜を打ち据えているのだ。

「はーっはは。人は臨機応変な生き物なんや。性格の一つや二つ、きりきり変えていかんかい!」

「ちょっ、そん、あた、無茶なぁ!」

 頭を抱えながら逃げ回る春菜。そしてそれをしつこく追い回すほたる。

 ……おもちゃみたいなハリセンが縦横無尽に飛び回っているだけに光景は馬鹿みたいだが、れっきとしたいじめの光景だ、これは。

「……」

「もう突っ込む気力も無い?」

 無言で眺めている正器に、紗夜香が尋ねた。

 正器はテーブルに肘を置いて、首を小さく振った。

「いや、もう慣れた。まぁ、なんだかんだで二人とも楽しんでるんだろう」

「……まぁ、敢えて言及はしないでおくわ」

 とかなんとか言いつつ、視線を外してきっちりと溜息をついているあたり、二人とも思うところはありそうだ。

 だが、それを突っ込んでくる声が無い。

「……進司君、どうかしたの?」

 何も映らなくなった画面を凝視し続けている進司には問いづらいのか、小声で正器に尋ねる紗夜香。

 正器は「ああ」と相槌を打って、

「なんか自信喪失中らしいぞ」

 と何気ない風を装って告げた。

 だが、紗夜香は「ふーん」と分かったような分からないような感じで言っただけだった。

 ふと、紗夜香がどう思ったのかを考えてみる正器。そして数秒。

(ったく、相変わらず容赦ないな)

 内心で苦笑を禁じ得ない正器だった。

 ある意味で分かりやすい。だが、これほど容赦なく、分かりにくく、適切な態度もないだろうと思えたのだ。

「……ところでさ。正器君、あの人、知ってる?」

「あ?」

 なんの前触れもなく、紗夜香は話を切り替えてきた。一瞬してから、正器は紗夜香の視線を追った。

 すると、ドアの脇の壁にもたれる一人の女性が目に入った。

「……見かけない顔だな」

「たぶん、大学生くらいね」

「誰の関係者だ……?」

 正器は、食堂内をぐるりと見渡してみた。

 今いるのは、十人前後。しかし、女性に気を配っている人間はいない。時折訝しげな視線を投げる人間もいなくはないが、それも一瞬だけだ。

「となると……こいつか?」

 正器は、隣で相変わらず前を向いたままの進司を見た。

 しかし、こんな至近距離で話しているにも関わらず、進司は全く反応を見せない。

「おい、進司。お前の知り合いじゃないのか?」

「ん? え? どうした?」

 肩を揺さぶられ、進司は現実に戻ってきた。

 そして、無言で示される正器の指の先を追う。

「!?」

 瞬間、進司が固まった。と同時、女性が動いた。真っ直ぐ、堂々とした足の運びで進司に向かって歩いてくる。

 すらりとした長身に、活動的なショートヘア。そして、猫科を思わせるしなやかな動き。きつめの印象は拭えないが、十分親しみを抱ける顔の造りをしている。

「やーっと気が付いたわね、しんぼう」

 そして開口一番、気安く進司に言った。

「あ……や……ねぇ……」

 壊れたレコーダーのように、進司の口から漏れてくる言葉は途切れ途切れだった。

『あやねぇ?』

 しかし、横の二人は聞き取ることができたらしい。珍しく同時に聞き返していた。

「あーれー? 彩音さん? どないしたんです? こんな所で」

 と、春菜を弄めていたほたるが近づいてきて、きょとんとした表情を女性に向けた。

「あ、けいちゃん。久しぶりー」

「いや、だからあたしの名前は漢字じゃないんですけど……」

 朗らかに微笑む女性――彩音とは対照的に、ほたるはげんなりしたように言った。

「細かいことは気にしないの。いいじゃない、こっちの方が言いやすいし」

「……まぁ、あだ名なんて確かにそんなもんですけどねぇ」

 なんか綺麗過ぎる感じが落ち着かないんですよ――ほたるは、小声でそう付け足した。

「ほたる、知ってるの?」

「ん? ああ、そりゃ……ええと、一応幼なじみ?」

「んーまぁ、そうなるか。あんまり遊んだりしてないけど」

 言ってから、彩音は若干姿勢を正した。

「初めまして。あたしは、加藤 彩音(かとう あやね)。そこで固まってるのの従姉で……」

 未だ硬直から抜け出ていない進司を指さし、

「許嫁よ」

 そう付け加えた。



「えぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 春菜は、突如飛び込んできた単語に、自分でも驚くくらいの大声を上げてしまった。

 ……いや、いっそ奇声と言ってもいいかもしれない。何事かと、周囲の人間が慌てて警戒態勢をとったくらいだ。

「あ、ごめんなさい。気にしなくて平気ですよ。うちのがちょっとショックでおかしくなっただけですから」

 それに対し、なんと紗夜香は優雅に振り返り、満面の笑みで事態を収拾しようとした。

 それによって男は明らかに鼻を伸ばして頷き、女は愛想笑いで視線を外した。

 そして、紗夜香は一瞬後には元に向き直ってその笑みを引っ込めた。まるで、仮面を取り外すかのように。

「……紗夜香、あんたいつの間にそんな高度なテクを」

「え? もともと社交辞令は得意だけど。いちいち注目されたりするのもやだし、説明するのもめんどくさいからね。これが一番手っ取り早いのよ」

 びっくりしているほたるに、紗夜香は肩にかかった髪を掻き上げ、なんて事無く言ってのけた。

「い、い、いま、いい、許嫁って!?」

 その横では、もつれる舌を必死に繰りながら、春菜が彩音に詰め寄っていた。

「ええ、言ったわよ」

 そして、普通なら戸惑いのリアクションを返す場面で、さらりと肯定する彩音だった。

 春菜が、更なるショックで固まってしまった。

「意外と強者だな」

 脇役に押しやられてしまった正器が、感心したように呟いた。

 彩音は、突如の闖入者に取り乱すでもなく、余裕さえ伺える態度で春菜の言葉を受け止めた。

 部外者の中にいても堂々と進司の反応を待っていた態度といい、かなりの胆力を有しているらしい。

「許嫁って事は……結構、古いか大きい家柄ですか?」

「ええ。って言っても、ただ単に古いってだけで、伝統ってほどたいそうなものがあったり大きかったりするわけじゃないけど。しんぼうのとこと同じで、剣術道場だから」

「ああ、そうなんですか」

 少なからずショックを受けている一同を尻目に、当の本人と紗夜香は何やら和やかに話を進めていた。

「さ、紗夜香、なんであんた驚かないの!?」

「あのー彩音さん。あたしも初耳なんやけど、それ」

 もはや傍観を決め込んだ正器はさておき。

 春菜が紗夜香に、ほたるが彩音にそれぞれ文句をつけ始めた。

「だって、私、許嫁いるもの。……あ、いたなのかな? しばらく帰ってないからどうなったか分からないけど。まぁ、大きかったり古かったりすると、多くはないにしても珍しくもないのよ」

「だからって……少しは驚きなさいよ……」

「驚いてはいるわよ。ショックが少ないだけで」

 心外とばかりに言う紗夜香。しかし、その態度からショックを感じることなど不可能だろう。

 そして、その横でもまた、なんとも奇妙なやりとりが展開されていた。

「まぁ、いちいち言うまでもないことでしょ? たまにしか会わなかったし。それに、けいちゃん一時期、あれだったから」

「へ? あれ? ……ってまさか!?」

「そうそう。しんぼうって、けいちゃんの……」

「だわぁぁぁそれ以上言わないでぇぇぇぇぇッ!」

 慌てて彩音の言葉を遮るほたる。まるで森の中で熊に遭遇し、逃げているような必死の形相だ。

「あの汚点だけは……言わないで、お願い……」

 がしっと両肩を掴み、背後に何か背負ってそうな凄みで言うほたる。

「もう時効だと思うけど……そこまで言うなら」

 しかし、イった視線を真っ向から受けても、彩音は慌てず怯まず冷静に対応していた。

「で、結局あやねぇは何しにきたん?」

 一瞬にして、ほたるは話題とテンションを切り替えた。下手に引きずると藪蛇になりかねないと考えたのだろう。

 そしてほたるの目論見通り、話題はそちらへとずれていった。

「ああ、そこの――逃げようとしてる馬鹿に、ちょっと聞きたいことがあってね」

「いえっ!?」

 抜き足差し足忍び足、の体勢で硬直する進司。いつの間にか硬直から抜け出し、この場から逃走を図っていたようだ。

 彩音は、つかつかと進司に歩み寄ると、おもむろにその襟首をぐわしと掴んだ。

 そして、ずるずると引きずってくると、乱暴に椅子の上に投げた。

「で、しんぼう。どういうことか説明してくれるかな?」

 左手を腰に当て、進司を見下ろしながら笑顔で問い掛ける彩音。

 しかし、その目だけは笑っておらず、まるで、「舐めたこと言いやがったら承知しないからな?」と無言の内に語っているかのようだ。

「ああ、えっと、それじゃぁ、俺の部屋に行ってからってことで……」

 上目遣いで伺うように彩音を見ながら、ちょっと引きつった笑みで言う進司。

 しかし、彩音は容赦なかった。

「駄目。今ここで、きっちりと説明しなさい」

「あのー彩音さん? さっぱり事情が掴めないんやけど……こいつ、なんかやらかしたん?」

 揃ってはてな顔を晒す部外者を代表して、ほたるがそーっと尋ねた。

「え? ひょっとして……あんた、けいちゃんにも言ってないの?」

「う……あ……はい」

 咎め立ててくる厳しい視線と声に、進司は縮こまって返答した。

「あっきれた。あんたって、そんな筋通さない奴だったの?」

 柳眉を急角度に吊り上げ、声に更なる刺を含ませる彩音。

「あの頃のあやねぇ、筋すら通じなかったじゃん……」

 そっぽを向いて呟くように言う進司。

 しかし、彩音は目の前に立っている。進司の呟きを聞き、顔を紅潮させた。

「あああ、だからあたしらにも分かるように説明してって、あやねぇ」

 危険を感じ取ったほたるが、慌てて彩音の気を逸らすように質問を投げかけた。

 出かけた言葉を飲み込むよう沈黙した後、彩音はゆっくりと口を開いた。

「この馬鹿。中学卒業したらこっちに戻ってくる、って約束破って、学園の高等部に進学したのよ」

 一瞬にして、静寂がやってきた。誰もが思いがけない告白に耳を疑っているようだ。

「な、なんやってぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 そして、ほたるが一番早く事態を飲み込み、代わりに絶叫を吐き出した。

「し、しし、進司、そらいったいどゆことや!?」

 一瞬の早業で進司の胸ぐらをつかみ取り、激しく前後に揺さぶりながら叫ぶほたる。

「ほたるほたる、それくらいにしとかないと、進司君、首が逝くわよ?」

「お、おお、そやな……」

 肩を叩かれて正気に戻ったのか、ほたるは慌てて両手を離した。

 すると、進司は胸の辺りを抑えながら、か細い呼吸を繰り返し始めた。

「とりあえずさ、驚くことも色々とあるけど、進司君の話を最後まで聞いてみない?」

 冷静な紗夜香の言葉に、異存のある者はいなかった。自然、進司へと無言の視線が集中する。

「えーっと…………うん、戻る約束破って、ここに来たのは本当」

 進司は、最初躊躇うようだったが、観念したように、それでも誰かを見る勇気はないのか、俯きながら口を開き始めた。

「どうしても、ここに来たかったんだ。だから、おじさんとおばさんには話して、戻るのは待ってもらうことにしたんだ」

 そこで言葉を切り、彩音へちらりと一瞬だけ視線を向けた。

「あやねぇに言わなかったのは、あやねぇの信条に水を向けたくなかったからなんだ。あやねぇ、魔法が大っ嫌いで剣を大切にしてて……だから、あやねぇならあやねぇのまま進んでいけると思ったんだ。ただ、俺は違ったんだ」

 区切るように一つ息を吐き、更に進司は続ける。

「中等部で魔法に触れて、更に高等部も垣間見た。滅茶苦茶強いって思ったよ、魔法をきちんと使える奴等。こいつらと渡り合えるようにならないと、本当の強さじゃないな、って感じた。親父が掲げてた、そして俺が目指す、人を守る活人の剣は、たぶんこいつらと渡り合えないと意味がないんじゃないか、って。だから、俺はここに来たんだ」

 そこまで言い切ると、進司は視線をいくらか上げた。

「それで、黙ってたの?」

 発言が終わったと見ると、彩音は無表情に言った。

「しんぼー。あたし、魔法も嫌いだけど嘘も嫌いだって知ってるよね?」

「うん……」

 頭上から、疑問ではなく確認の口調が降ってきて視線を上げられない進司。

「なのに、そういうことしたわけ? 黙ってるのは嘘にならないとでも思ったの?」

 彩音の声の険がどんどん鋭くなっていく。進司は、ゆっくりと首を横に振った。

「そういうわけじゃない……。黙ってたのは、ほんとに悪かったと思ってる。ただ、俺は、ひたすら剣をやってるあやねぇの足を止めたくなかったんだ。楽しく剣をやってる時に、剣士を嘲笑うような魔法の世界を知って欲しくなかった。あやねぇにここへの進学を話すとなれば、そういう所も話さなきゃならなくなる。もう少し時間を置いて俺が強くなれば、魔法の世界を少しは好意的に話せる……そう思ったから、あやねぇには黙ってたんだ」

 重い声で告げると、小さく息を吐く進司。ため込んでいたものを吐き出したせいか、雰囲気がいくらか軽くなっているような感じがする。

「進司。あんた、あたしが何にも知らずにいたと思ってるの?」

「……え?」

 突如、彩音の声音が変わった。弾かれたように視線を上げる進司。

「あんたの学園中等部入学を知っても、あたしが魔法のこと、何にも調べないとでも思ったの?」

 一見穏やかにも見える、無表情に近い彩音の顔。

 だが。それは、自身でさえも爆発すればコントロールが不可能で、だからこそ力を振り回さないように自身の怒りを抑えている結果だった。

「あたしなりに魔法のことは調べた。それこそ、あんたが入学する以前から。だから、あんたが危険なとこに行くのは嫌だったけど、学園に入るのは仕方がないって納得できた」

 絞り出すように言葉を連ねる彩音。進司は、そんな彩音の揺れる瞳から目を離せなかった。

「なのに何!? なんであんたはもっと危険なとこにいんの!? 好意的な話せるように? あたしが知らなければ、ほんとにそんな上辺だけで説得しようとしてたわけ!? ふざけないでよ!!」

 火山が弾けるように、彩音の怒りが噴出した。勢いのある怒声が響きわたり、進司は思わず体をすくめた。

 しかし、叫ぶだけでは怒りが収まらないのか、彩音は進司の胸ぐらを有無を言わせぬ速さで掴み、自身にぐいっと引きつける。

「自分が正しいと思ったんなら、正面からぶつかってきなさいよ! それが出来なくて、何が活人の剣よ! 魔法よりも何よりも、あんたが一番剣を侮辱してんじゃない!!」

「そ、そんなことは……!」

「今日は宿に戻るわ。明日の放課後にまた来るから、荷物まとめときなさい。あんたみたいなのがこんな所にいたって、なんにも得るものなんか無い」

 聞く価値無しとばかりに進司の反論を遮った彩音は、一方的にそう宣言すると、押しのけるように進司の襟を離した。

 そして、誰の反応も待たず、きびすを返した。

「あやねぇ!」

 彩音の背中に叫ぶ進司。しかし、彩音はぴくりとも反応せずに歩いていき……やがて、その背中は見えなくなった。

「なん……なのよ、あれ」

 呆然と成り行きを見守っていた一同の中、春菜が一番最初に口を開いた。

「一方的に言うだけ言って帰っちゃうって何よ!?」

 残っていた生徒達の好奇の視線にも気付いてないのか、春菜は彩音が去っていった方向へと、怒りの声を思いっきり投げつけた。

「進司君、なんで追いかけないのよ!? 追いかけてきちんと言ってやらなきゃ駄目じゃない!」

 鋭くきっと進司に視線を向け、咎めるように言う春菜。

「いや……あやねぇが正しいんだ。良い面だけを連ねようなんて考えてた俺が間違ってたんだ。信じた事を貫けないようじゃ……心を強く持てないようじゃ、誰かを守るなんてできやしない。強いものに屈する剣じゃ、いけなかったのに……」

 うなだれ、内省するように呟く進司に、普段の自信ありげな態度は全く無い。まるで中心線が抜けてしまったかのようだ。

「……部屋、戻るな」

 拒絶するように言うと、進司はとぼとぼと歩き始めた。

「進司君! それでいいの? ここに来たことは間違いだって思ってないんでしょ!?」

 進司の雰囲気を感じてもなお、春菜は叫ぶ。

 だが、進司がそれに答えることはない。肩を落としたまま、廊下へと消えていった。



 マジック・ノア総合技術学園高等部、正門前。そこに立つ彩音は、意外そうに眉を跳ね上げた。

「……まだ、授業中だけど?」

 彩音は、堂々とした足取りでやってきた春菜に、挑むような声音で言った。

「授業中じゃなきゃ、周りに止められますから、きっと」

 数メートルを挟んで足を止めた春菜は、陽気さの欠片もない緊張にまみれた声で返す。

 と、春菜の視線がちらりと彩音の足下に向いた。そこには、男子生徒が三人、目を剥いて倒れていた。どれも、俗に言う「軽い」雰囲気を持っている。

「それ、あなたが?」

「ええ。ナンパを断ったら、なんか気に障ったらしくて襲いかかってきたから」

 春菜の雰囲気に気付いたからか、彩音の声にも固いものが混じってきた。平然と答える中に、確かな緊張が伺える。

「魔法の怖さを知ってる割に、不用心ですね」

「あたしが知ってる怖さは、魔法そのものの怖さよ。けど、魔法はあくまで道具でしかないでしょ?」

(この人……本当に強い)

 彩音の一言で、春菜は偶然やまぐれで学園の生徒を倒したわけではないということが分かった。

 軽々しく力を振るう者など、学園の生徒としては三流だ。

 しかし、魔法という絶大な力を備えていることには変わりない。彩音は、それを打ち破れるだけの力を、魔法以外の手段でしっかりと身につけているのだ。

「学園じゃ、そんな基本的なことも教えてくれないみたいね。こんなのがいるようじゃ、研究はともかく実戦としては大したことないわ。悪いけれど、進司は連れて帰るわよ」

「例外を見て決めつけないで下さい」

 真っ向から彩音を見据え、春菜は力強く言った。

「進司君は連れて行かせません」

 きっぱりと言い放つと、春菜はつかつかと歩き、彩音の眼前に立った。

「あなたが知ってるのは、魔法そのものの怖さだけ。だったら……わたしが、魔法の強さを教えます。進司君が何を思って学園に留まろうとしたのか、あなたも知って下さい。じゃなきゃ、あなたに進司君を否定する権利はない」

 眼差し鋭く見上げてくる春菜に、彩音は愉快そうに唇を吊り上げた。

「面白いわね。……手加減はしないわよ」

「行きましょう。ここじゃない方が、都合がいいですから」

 春菜は、返事も聞かずにきびすを返して歩き出した。そして、その後に、彩音は無言で続いた。






 彩音は、持ってきた刀を流れるような動作で抜き放つと、数度、調子を確かめるように振った。そして、すっと青眼に構えた。

 それを前に、徒手空拳で構えを取る春菜。

 二人の間に、限界まで引き絞ったような緊張の糸が張られた。文字通り、真剣勝負の様相だ。

 訓練棟の一室。そこが、春菜の選んだ決闘の場所だった。

 誰にも邪魔されず、心おきなくお互いに力を発揮できる場所としては最適と言えるだろう。

「行きますよ」

「ええ」

 お互いの言葉に、緊張のボルテージが更に高まる。そして、硬直したように数呼吸が過ぎる。

 次の瞬間、緊張が一気に爆ぜた。



 黒板に大きく書かれた「自習」の文字。しかし、不思議とざわめきは少ない。

 というのも、ほとんどの生徒が、配られた課題に追われているからだ。

 しかし、課題が難しいため、さすがにグループごとに集まって解きあっている者が多い。

 正器は、自力で解けないというより、進司の手助けのために隣に座っていた。

「お前、本気で出てくつもりか?」

 進司の手が進んでいないのを見て取った正器が、直球で尋ねた。

「……」

「確かに、お前に魔法は必要ないかもしれないけどな。だが、そうと割り切れるほど、魔法が不要ってわけでもないだろ?」

「そういう問題じゃ……ないんだ。魔法がどうこうって話じゃない。俺の心の問題なんだよ、正器」

 うちひしがれた様子で返してくる進司。普段の活気からはほど遠い、まるで水の中から語りかけてくるような声だ。

「なぁ、進司」

 正器は、横にいてきちんと声が届いていることが分かっているにも関わらず、あえて語りかけるように名前を呼んだ。

「俺は、剣のことなんて知らない。だから、お前が気にしてることが馬鹿みたいに見えるし、彩音って人が言ってることも、人の厚意を無下にしているだけに見える。お前は間違いなく、あの人のことを考えて話さなかったんだからな」

 課題を少しずつ解きながら、正器は淡々と述べていく。日常会話の一環のように、なんでもないことを話している素振りで。

「……」

「本当の強さなんて、士官学校でも教えてくれなかった。ここでも教わってないし、教えてくれない……いや、強さなんて、一つの答えとして教えられないもんなんだと思う。人それぞれなんだよ、たぶん。そして、俺が見たお前の強さって、とにかく自分の信じた道を前に進もうとすることなんじゃないかと思う」

「何が……言いたいんだ?」

 か細い進司の問いかけに導かれるように、正器は視線を上げた。

 レンズ越しに、静かで厳しい視線が、進司を見据えた。

「お前の刀ってのは、腰に差したもんだけか? 結論を出す前に、もう一回、原点に戻ってみたらどうだ」

 最後に穏やかな微笑を浮かべ、正器は視線を課題へと戻した。

 その横顔は、これ以上の言葉は無用だと言っていた。だから、進司は視線を机へと戻した。

(差した刀……剣……原点……)

 自分の分身とも呼べる刀。そして、自分にとって最も大切な剣。そこに至る原点。

 父は、力で弱い者を虐げる人間が嫌いだった。弱い者を助けることを生き甲斐にしていた。

 人に、大切な者を守るべき力を授け、時に自ら凶刃の前に立ち、人を凶刃から守った。

 自分の意志を貫き、最後まで弱き者のために戦い、そして散った父。

 そんな父を見て、自分も父のようになりたいと思ったのだった。

 原点は父。大切なのは守る意志。そして、刀はそれを貫くための決意の表れ。

(……一度折れた刀は、二度と元には戻らないんだったな)

 忘れていたことを、ようやく思い出した。

「正器、さんきゅ」

 小さく、聞こえるか聞こえないかの声で、礼を述べた。

 だが、やはり聞こえなかったのか、正器の様子に変わりはない。

 ……いや、聞こえていた。その証拠に、正器の口元が、わずかに綻んでいる。

 進司の礼に、正器はわざわざ答えなかったのだろう。答えを出せたなら、それでいい――横顔は、まるでそう語っているようだった。

 進司も表情を綻ばせ、それ以上何も言わずに課題へと目を下ろした。

 その次の瞬間、突如教室のドアが破砕音寸前の音を叩き出して開けられた。

「正器! 進司! 大変や!」

 そして、大音量の怒声と共に飛び込んできたのは、体操着姿のほたるだった。

「ほたる?」

「倉品?」

 顔を上げ、揃って怪訝な表情を見せる二人。相当急いできたのか、ほたるは肩で息をしている。

「は、春菜が、今日来てなくて、彩音さんが、訓練棟で……」

「おい、少しは落ち着いて喋れ。何がどうなったか、きちんと説明しろ」

 何事かと好奇の視線を向けてくるクラスメート一同を避けるように外へ出ろとジェスチャーしながら、正器はほたるの方へと歩いていった。進司もその後に続く。

 ほたるは、促されるままに廊下へと戻り、数度深呼吸をし、息を整える。

「さっきミッションで出てたクラスメートが帰ってきて、校舎向かおうとしたら、訓練棟に向かう春菜を見たゆーたんや。春菜、今日は休んでるから妙やと思って聞いてみたら、彩音さんと一緒らしいんよ。しかも、なんかめっちゃ剣呑な雰囲気だったらしいで」

「あの馬鹿……突っ走ったな」

 話を聞いてみるみる顔色を変えた正器が、舌打ちした。

「もし戦おうとしてるなら……やばい。あやねぇ、俺より強いんだ……」

「倉品、訓練棟だったな!?」

「そや! そこ以外に、邪魔が入らないでまともに戦える場所なんざあらへん!」

 三人は、一斉に訓練棟へ向けて駆け出した。






「どこの部屋だ!?」

 訓練棟へ駆け込むなり、正器は叫んだ。

「三〇五だ!」

 パネルを見て、進司が返す。

 三人は、すぐさま階段を駆け上がり、件の部屋へと向かった。

「春菜! 生きとるか!?」

 ドアを開け放ち、駆け込むと同時にほたるは中に向かって叫んだ。

「ほ、ほたる……?」

 春菜は、ぎょっとしたように首を向けてきた。

「しんぼー……?」

 向かい合っている彩音は、続いて入ってきた進司を見て、目を丸くした。

「決闘……か?」

 正器が、眼差し鋭く問う。だが、ピリピリとした緊張感と二人が負っている傷を見れば一目瞭然だ。疑問というよりは、確認で言ったのだろう。

「邪魔は……しないでよ」

 強く言いきり、春菜は再び彩音へと視線を固定した。

 いつになく強固な態度と真っ直ぐな眼差しに、彩音を除く一同は目を瞠った。

「決闘は神聖なものよ。邪魔したら、だだじゃおかない」

 彩音も強く言い、春菜以外を意識から排除した。

「ったく、頑固やな、意外に。こりゃ、見てるしかできんで」

「……万が一の時は、問答無用だからな」

 呆れたように肩をすくめるほたると、不承不承ながらも黙認を決めた正器。

 二人は、ドアから壁づたいに、真ん中へと移動した。何かがあった時、すぐに飛び込める位置へと。

「おい、進司。ドア閉めて、お前もこっちに来てろ」

「あ、ああ」

 進司は、躊躇いがちに頷いてドアを閉めると、睨み合う二人を見ながら正器達と同じ位置へと移動した。

 余計な邪魔が無くなったからか、それとも自分達が引き込まれたからか。春菜と彩音の間に漂う緊張感が、敏感に肌を刺すようになった。

 それだけ二人が本気だということが、進司にはよく分かった。

(それとも……?)

 過敏になっているのか――ふと進司はそんな風に思った。

 もし二人が本気の殺し合いでもしようと思っているのなら、正器とほたるが止めにかかっているだろう。

 ちらりと、進司は横に立つ二人に視線を向けた。

 すると、まるでタイミングが分かっていたようにほたるが視線を合わせてきた。

「期待してても、あたしらは止めんで。あたしらにそんな資格はあらへんからな」

 投げやるように言い放ち、ほたるはさっさと視線を戻した。

「なんか……俺にはその資格がある、みたいな言い方だな」

「あるかないか……それはあんたが自分で考えて自分で背負うことやろ」

 今度は視線を向けもせずに言い放った。

「はぁっ!」

 そんなことをしている内に、春菜と彩音の均衡が崩れていた。

 彩音が素早く距離を詰める。それを見た春菜は、横に動いて剣先を逃れると、大きく距離を取った。

 追撃をかけようとした彩音は、春菜の掌が自分に向いていることに気付き、咄嗟に体を捻った。

「光の矢よ 《レイ・ボウ》!」

 春菜の掌から光の帯が飛んだ。彩音の腕をかすめた光の帯は張られた結界にぶつかり、消滅した。

 その直後、彩音は再び春菜に詰め寄った。硬直する春菜に、真剣の刃が唸りを上げながら牙を剥く。

 普通ならば、避けられるはずのない一撃。だが、その場にいる誰もが、春菜は避けると確信していた。

「ふっ!」

 そして、春菜は、突如加速した身体能力でもって、身を沈めて斬撃をかわした。

 春菜は反撃を、彩音は回避のために互い一歩を踏み込んだ。そして、交錯する二人。

(速いけど、それじゃ無理だ)

 進司の見立てた直後、彩音は反対側の足を素早く振って全身を捻った。

「光の矢よ 《レイ・ボウ》!」

 彩音の体ギリギリの所を、光の帯が抜けていった。そして、無防備になった春菜に、彩音は追撃をかける。

 だが、がきん、という硬質の音を伴って、刃は止まった。

「ちっ」

 大きく舌打ちし、彩音は飛び退いて距離をとった。

「《ナチュラルフルエンハンス》が常にでないとは言え……使った春菜の動きについて行けるのか」

 正器が、驚きと感心の眼差しで彩音を見ていた。

「まぁ、でなけりゃ、とっくに春菜の勝ちで決まってるやろ。あたしも本気で戦ってる彩音さんは初めて見たけど……進司が認めるだけあるな」

 ほたるも、感嘆の息を堪えられずにいた。

 まだ一年生とは言え、春菜は持ち上がりということもあり、その能力は総合的に高い。序列戦にこそ出られなかったが、それはパートナーがいないからとも言われるくらいだ。

 その春菜と互角に戦っている彩音の能力は、素直に高いと認められるものだろう。

 しかし、それ故に……

(危険なんだよ、これは……!)

 言葉が出てくる間、思考を巡らせている間も、戦いの模様は刻一刻とめまぐるしく変わっていく。

 そして、目の前でどんどん傷が増えていく。最初は微々たるものでも、疲労が増していけばいくほど、集中力はそぎ取られ、傷は深くなっていく。

「はぁッ!」

「光の矢よ 《レイ・ボウ》!」

 鋼の刃が春菜の肩を斬った。と同時、光の帯が彩音の太股に突き刺さった。

 彩音が吹き飛ばされ、春菜の肩から刀が抜けて血がしぶく。

「ぐぅ……」

「く……う」

 苦悶の声を上げながらも、二人はなおも立ち上がろうとする。

「はぁぁぁぁぁッ!」

「光の矢よ! 《レイ・ボウ》っ!!」

 互いを倒すこと――もはや、二人の中にはそれしか無いのか。満身創痍でも、二人はそれぞれに攻撃へと出た。

「やばっ……」

「くそっ……」

 危険を悟り、咄嗟に駆け出すほたると、魔法を唱える正器。しかし、

「もう止めろーーーーーーッ!」

 叫んだのは進司。そして、攻撃を受けたのも進司だった。

「な……」

「し……」

 春菜の魔法を右腕で受け、彩音の刀を左手に持った刀で弾き飛ばして。間一髪の所で、進司は決定打を止めた。

「どっちも……こんな事のために使う力じゃないだろ」

 そのままの体勢で、けれど表情だけは歪めながら進司は言った。彩音が、春菜が、殊更にゆっくりと体を引く。

 瞬間、進司が刀を落とし、膝をついて、白煙立ち上る右腕を押さえた。

「進司君!?」

 顔面蒼白になって叫び、駆け寄ろうとする春菜。だが、進司は左手でそれを制した。

「あやねぇ、俺、ここに残る」

 首だけを巡らし、彩音を見据えて進司は決意に満ちた声で告げた。

「誰かを守るための力を身につけるのに、危険だとか言ってられないし、魔法の事は絶対に知らなきゃならないから。そこだけは間違いないって確信できる。だから、俺はそれを貫く」

「そう言うと思ったから……刀持ってきたのに。ったく、これじゃ、連れて帰るどころじゃないわよ」

 脱力したように顔から力を抜き、彩音は唇を噛みしめながら左拳を右の掌で包んだ。

「いいわ。戻るのはここ卒業するまで待ったげる。けど、それ以上は待たないからね。分かった? 進司」

「あ、うん」

 見下ろしてくる彩音の揺れ輝く瞳に見据えられ、進司は躊躇いがちに頷いた。

 そして、会話がぷつりと途切れ、同時に緊張が解けたのか、進司が尻餅をつくように座り込んでしまった。

「あ、と、とりあえず進司君、ヒールするね」

 それを見た春菜は、慌てて進司に駆け寄った。

「よろしく……」

 今更に痛みが走ってきたのか、進司はしきりに顔をしかめている。

「生命の理を以て 生命を紡ぐ 傷を塞ぎて修復せよ 《ヒールウーンズ》!」

 春菜が右腕に両手を添えて唱えると、手の平からほのかな光を発する粒が溢れてくる。

「大丈夫なの……?」

 心配そうに覗き込んでくる彩音に、春菜は「大丈夫です」と自信ありげに答え、治療に集中し始めた。

 やがて、二分も経たない内に、進司の傷は痕も残らず修復された。

 調子を確かめるように、腕を回した進司は、「うん」と小さく頷いた。

「ありがとう、春菜ちゃん」

「あ、いや、やっちゃったのはわたしだし……ごめんね」

 進司に笑顔を向けられ、春菜は縮こまってしまった。

「いや、いいよ。謝らなきゃならないのはむしろ俺の方だし。あやねぇも、ごめん」

「別にいいわよ。まぁ、魔法の強さを知ることが出来たからね、いい経験だと思えば無駄足にもならなかったし。それにしても……ほんと、強いわね」

 春菜の方を見て、彩音は笑った。春菜は、少し照れ臭そうにしている。

「彩音さん。言っておきますけど、負けませんからね」

「こっちの台詞よ、それは」

 互いに挑戦するように笑みを交わす春菜と彩音。

「……?」

 しかし、その間にいる一人だけは、全く意味が分かってないようだった。



「……なんつーか、あたしらお邪魔虫?」

「……そうみたいだな」

「あーなんか馬鹿らし。正器、こんな奴等ほっといて、どっかいこ」

「そうするか」

 ほたると正器は、互いに頷くとさっさと歩き始めた。

「……ってか、倉品。お前、授業良かったのか?」

 ドアを出たところで、正器はほたるの服装からふと思い出した。

「あ……あかん。紗夜香とペア組んでやっとったんや……」

 まずい、とばかりの表情をするほたる。しかし、それも一瞬のこと。

「ま、仕方ないやな。どーせ今から戻ったってロクにやれへんし。それよか、早めに昼御飯食べようや。着替えてくから、席とっといてぇな」

 あっけらかんと言い放った。自分勝手な言い分に、正器は呆れて溜息をつくことしか出来なかった。

「……後でどうなってもしらんからな」

 その台詞に、一瞬からだを強ばらせるも、聞こえない振りをして、あまつさえわざとらしく鼻歌なんぞを歌い始めたほたるを眺めつつ。

 いったい、紗夜香がどんな報復手段に出るか――それを考え、正器はとばっちりの回避方法を頭の中で模索し始めるのだった。


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