くたぁ……という表現がぴったりな様子で、鴻 美佳は机に突っ伏していた。

「う〜……」

「美佳ちゃん〜……すごい疲れてるみたいだねぇ」

黒鞘 燐は、そんな美佳の様子を見て、とても心配そうには聞こえない口調で言った。

「疲れてる……というか、なんかに憑かれてそうだな」

そして、林 和広は、さらりと皮肉を言い放った。

「うっさいわよ〜和広。あんたにこの疲れが分かってたまるもんですか……」

「ああ、俺は人体実験なんぞされるような素材じゃないからな。分かるわけがない」

「人体実験……素材……う〜やっぱり、あんな条件飲むんじゃなかったかも……」

「だが、そうしないと、横で一緒にへばってるフレイが解剖実験なり観察実験なりに連れてかれたが?」

「う〜……分かってるわよぉ……」

美佳は、突っ伏したまま頬を膨らませた。

雪山でのミッションから、早一ヶ月。和広の巧みな交渉と学園の思惑とが交錯した結果、勝利の軍配は和広に上がった。しかも、破格と言ってもいいくらいに、美佳の方へと優位な結果でだ。

学園側が最終的に了承させたのは、向こう半年でのフレイザーデスネークの二日に一回の検診と、それと交互に行われる戦闘実験の二点のみ。

他は、和広と美佳、そして燐の猛烈的な反発によって、結局却下された。

学園側としては不本意この上ないが、学園随一の実力者二人に、使役魔法のスペシャリストが一人。そして、死ぬ気になればおろそかにはできない使い手が一人。

また、この四人は、場合によっては更に味方が増えるかもしれない人望者でもある。

そのため、あまり強硬な手段には出られなかったのだ。なにしろ、逃がされては元も子もない。ゼロよりはマシ――そういう意図での、苦渋の選択だったと言える。

そのおかげで、一ヶ月を過ぎた美佳とフレイザーデスネーク――命名、フレイ――は、こうしてぐったりと揃って机に突っ伏しているというわけだ。

「あーロージーごめん、頭から降りて……重い……」

美佳の頭の上にいる使役獣、白犬のロージ。美佳の頭の上がお気に入りらしく、しょっちゅうそこにいる子犬だ。

だが、使役獣とあって、戦闘時には体を巨大化し、乗騎としてその力を存分に発揮する。

美佳も、いつもならば慣れているので気にしない。しかし、疲労が溜まっている今は、さすがに辛いようだ。

「う〜」

ロージが、不満そうに唸りながらも、ころり、と転がるようにして美佳の頭から降りた。

「!?」

そして、降りた場所は、思いっきりフレイの上だった。

「きゃん!?」

上にのっかられたフレイが、首を捻ってロージの耳に噛みついた。びくり、とロージの体が跳ねる。

「うぅ〜!」

「しゃー!」

さっきまでのぐったりさはどこへやら。ロージが毛を逆立てて唸り出すと、負けじとフレイも下をちょろちょろと出して威嚇し始めた。

「……またか」

「仲悪いよねぇ〜この二人〜」

既に一ヶ月の間に見慣れた光景だ。和広は呆れ、燐は苦笑する。

「あーこら、二人とも喧嘩しないー! 仲良くしなさいって言ってるでしょ!? なんで二人とも仲良くできないの!」

その原因が自分にあるとは露ほども思わない美佳の叱責が、今日もまた飛ぶ。

「ところで鴻。いい加減着替えないと、お前、間に合わなくなるぞ?」

体操着姿の和広が、冷静にそう言った。

「へ……? って、嘘!? 今日体育じゃない! やっばっ、出席ピンチなのに!」

美佳と和広&燐は隣のクラスなので、体育の時は合同だ。

和広と燐は、更衣室で着替えた後、どうせ突っ伏してる美佳を呼ぶために、わざわざ戻ってきたのだった。

「二人とも、置いてくからね!」

そう言って、美佳は風のように教室を駆け抜けていった。美佳は後一回遅刻すると、体育の単位はアウトだったりするので、かなり必死のようだ。

そんな美佳を、ロージとフレイが、慌てて追いかけていった。

「……やれやれ。台風一過だな。俺達も行くか」

「うん〜」

無人になった教室で、和広の溜息と燐の脳天気な声が、やけに響いた。

 

 

「燐〜疲れたよ〜」

がばり……というか、でろーんという感じで、美佳が燐の背中にもたれかかった。

「う〜美佳ちゃん〜重いよ〜」

「失礼な事言うのはこの口か〜? ええ〜?」

うにょーん、と燐の頬を引っ張る美佳。

いつもならば頭突きなりチョップなりをお見舞いするはずなのだが、今日はおとなしめだ。やはり、疲れが相当なのだろう。

それでもツッコミを忘れないところは、さすがは美佳というべきだろうか。

「ってか、鴻さん、そんなにだれていいの?」

帰りがけの昇降口。美佳とも比較的顔なじみの女子生徒が、苦笑混じりにそんなことを言ってきた。

「ふえ?」

「もうすぐ、バレンタインだよ? 今年はチョコ作るんじゃないの?」

「バレンタイン……はーそっかぁ、もうそんな時期なんだぁ……すっかり忘れてた」

ほとんど自由な時間も取れなかった美佳は、半分カレンダーが頭からすっぽ抜けてる。

かろうじて曜日だけはあるものの、行事など、もうとっくに忘却の彼方だった。

「うーさすがに薫に渡さないと可哀相だもんなぁ……あーたるい……」

「……た、たるいって。い、いくらなんでもそれは哀れじゃない……?」

あまりと言えばあまりの物言いに、女子生徒は口の端を引きつらせる。

「即席で誤魔化しちゃおうかなぁ……」

「……十翔くん、よく付き合ってられるわね、こんなのと」

美佳の呟きに、思わず本音がぽろりと漏れてしまったようだ。女子生徒は、かなりマジな声と表情でそう言った。

「燐ちゃんは、当然、手作りでしょ?」

「ん〜ん。渡さないよ〜」

「いえ!? なんで!? はっ! まさか、自分にリボンして……」

一瞬、隕石が落ちてきたかのような驚愕の表情を浮かべた女子生徒。しかし、その直後、稲妻を浴びたように身を震わせた。

なんとも、乙女ちっくというか妄想が激しいというか……飛躍する想像である。

「? それ〜バレンタインと何かぁ関係があるの〜?」

しかし、燐はきょとんとしている。別に、わざと、というわけではなさそうだ。

相変わらず燐にもたれかかっている美佳が、よたよたと手を横に振った。

「あー無理無理。燐にはそんな度胸無いし、和広にはんな甲斐性ないって」

随分と言えば随分な言いぐさである。

「うーなんかぁ〜和くんが悪く言われてる気がする〜」

気がするではなく、間違いなく馬鹿にされているのだが、それに気付かない燐では随分な言いぐさでも仕方がない気もする。

「あーじゃぁ、なんで渡さないの?」

「あれー? 知らない〜? 《聖バレンタインの魔法追走》〜」

「あ、それは知ってる。……ん? ひょっとして、その当事者って、林くん?」

「当たり〜。和くん〜人気あるけどぉ甘い物嫌いだし〜プレゼントとかも〜嫌いなの〜」

自分の彼氏が人気なのが嬉しいのか、はたまた他の女の子の物を受け取らないのが嬉しいのか、燐はにこにこと上機嫌だ。

「あーなるほど……そりゃ、確かに渡せないか。あれ? じゃぁ、なんにも渡さないの? バレンタイン」

「ん〜……お料理作ってあげようかなぁとは〜思ってるよ〜」

和広が喜びそうなこと――燐が考えつくのは、それくらいだった。

いつもしていることだが、特別な事をしなくてもいいのではないか、と燐は本音で思う。

そんなことをしなければ繋ぎ止められないほど、自分達の想いはちっぽけじゃない――燐は、心の底からそう信じられるのだ。

「……燐、あんた、ノロケこれから禁止ね」

「え? ノロケ? 今のどこが?」

突如として美佳が発した言葉に、女子生徒はちんぷんかんぷんだ。

「今この子、絶対頭ん中でノロケた。表情に出まくり。なんかムカついた」

断言する美佳。

さすがは親友……と思わなくもないが、なにやらそう当てはめて良いのか、女子生徒は本気で迷った。

「うぅ〜思想の自由は保障されてるんだよ〜。酷いよ〜」

「やかましい。とにかく禁止」

燐の抗議を、訳も言わせずに一蹴する美佳。燐が、半泣きになる。

「うう〜酷いよ〜」

しかし、それでも美佳は取り合わない。

(この子達も、よく親友やってられるわね……)

心の底から本気で、女子生徒はそう思った。

 

 

「先輩! 逃がしませんよ! 水の理を以て 氷を紡ぐ。『飛雹乱舞(ひひょうらんぶ)』!」

走りながら、女子生徒が呪文を唱えた。

直後、その手の平に出現した氷の粒が、縦横無尽に駆ける。

「『火壁立現(かへきりつげん)』!」

林 和広は、その声を背後に、そう呪文を唱えた。

直後、地面から炎が吹き出し、壁になった。女子生徒の放った雹が、その炎に突っ込み、蒸発する。

「あ……!」

「風の理を以て 風を紡ぐ。『飛跳風翼(ひちょうふうよく)』!」

驚きの声をあげる女子生徒に一目もくれず、和広は呪文を唱えて高々と飛翔した。

「ああぁっ!?」

そして、横手の校舎の屋上へと降り立った。

「ったく……なんで俺が逃げ回らなくちゃならないんだ? 甘い物は嫌いだってのに……そもそもとして、バレンタインという行事そのものが……」

階段に向かいながら、和広はぶつぶつと不満を垂れ流している。

バレンタインデー当日。和広は、去年と同様、逃げ回っていた。

そもそもとしてお祭り行事の嫌いな和広である。嫌いな甘い物をもらう行事など、本人にしてみれば天敵のようなものだ。

嫌われるよりは好かれた方がいいのは確かだが、それでもチョコなど、受け取る気にもならない。中にはマフラーだのなんだのを渡してくる女子生徒もいたりするが……前にそれを受け取ってややこしくなったことがあったので、もう、和広は一切受け取らないことにしていた。

中学までなら、いらない、悪い、の一点張りでなんとかなった。

しかし、さすがは高等部と言うべきか……肉体的精神的に鍛えられているせいか、押しの強さが比ではないのだ。おかげで、去年から、バレンタインは逃げの日と決まってしまっていた。

今年は部屋に閉じこもっていようかと画策した瞬間もあったが、朝っぱらから押し掛けてきた先輩のせいで、そうもいかなくなってしまった。

もう、朝から気の休まる瞬間がない。唯一の例外は授業中だけで、とにかく、空いている時間という時間、こうやって追いかけっこをしているというわけだ。

ちなみに、和広が別に特別人気がある、というわけではない。追いかけているのは、五人くらいだ。……もっとも、みんな一癖も二癖もある女子生徒で、なにやらこの騒ぎを楽しんでいる節もある気がするが、和広にとっては関係ない。というか、むしろ迷惑この上ない。

「はぁ……ひょっとして、来年もこんななのか?」

「そうね、きっと、君が卒業するまで恒例行事化するんじゃない? 受け取らずに拒否する男の子なんて、面白すぎて放置するのもったいないし」

階段に続く扉を開けた瞬間、和広の呟きにそんな答えが返ってきた。

「げ……朝霞(あさか)先輩」

「げ、とはご挨拶ね。折角、当社比三十%増しの激甘チョコ作ってきてあげたのに」

天使のような笑顔を浮かべて悪魔のような台詞を吐き出すこの女性、朝霞 奈美(あさか なみ)といって、魔法研究部所属の三年生だ。

行事などのお祭り事が大好きで、おまけに人をからかうのが趣味と公言してはばからない、なんともまぁ、はた迷惑な人間である。

当然、そんな人間が和広に目を付けないわけがない。《聖バレンタインの魔法追走》と呼ばれるこの追いかけっこ、まさしく発端はこの女性だ。

「受け取りませんよ、そんなの」

「別に受け取ってくれなくてもいいわよ。無理矢理食べさせるだけだから」

悪びれもせず、しれっと言ってのける奈美。奇妙な沈黙が、二人の間を漂う。

「聞いた俺が間違ってました」

溜息と共にそう言って、和広はごくごく自然な動作で扉を閉めた。

そして、ダッシュで走り出す。

「風の理を以て 風を紡ぐ。『飛跳風翼(ひちょうふうよく)』!」

そして、呪文を唱えて手すりギリギリで地を蹴る。十メートル以上はあるであろう隣の校舎との空白を跳躍した。

「逃げられると思って? は・や・しくん?」

着地した直後、背後の中空からそんな声が聞こえてきた。

「くっ……!」

すぐさま、和広は地面を蹴って飛びずさる。

一瞬、交錯する和広と奈美。

そして、和広は下へと落下していく。

「『風弾(ふうだん)』!」

落下途中、和広は校舎とは反対側に空気の塊を打ち出した。

打ち出す際の衝撃で、体が校舎側へと近づく。

そして、たまたま開いていた窓に、その身を滑り込ませた。

「うわぁっ!」

「な、なんだぁ?」

そこにいた生徒が、突如飛び込んできた和広に驚く。

しかし、和広はそんな生徒達を相手にすることなくすぐさま立ち上がり、階段を降り始めた。

(時間は……後二分!)

ちらりと腕時計に目を走らせ、休み時間の残りを確認する。

ルール化されているのかは定かではないが、とにかく学校にいる間で追われるのは休み時間だけだ。朝と夕方は、学校が開いている時間だけが追われることになっている。

……どう考えても、どっかの誰かがルール化しているのだろう。

そして、走り続けること二分。ようやく、休息のチャイムが鳴った。

「はぁ、はぁ、はぁ……じょ、序列戦より辛いぞ、これ」

チャイムが鳴った瞬間、崩れ落ちてしまう和広。かなり疲労困憊状態だ。

一年生はともかくとして、二年三年にも追われているとなると、和広としてはかなりきつい。

叩きつぶすのならば全くもって問題ないのだが、逃げるとなると和広のスキルはほとんど役に立たないのだ。

相手を叩きつぶせる序列戦の方が、確かに楽というものだ。

「……後二回と、放課後か…………」

残りの回数を数え、この授業はサボろう、と和広は溜息と共に決意した。

 

 

午後六時。部活動者以外は、この時点で学校から締め出される。つまり、事実上の放課後が終わった、というわけだ。

「よ、ようやく……終わった…………」

そして、和広にとっては、魔の一日の終わりでもあった。魔法の使用回数は数知れず、和広はすでにくたくただった。

しかし、ここで倒れるわけにもいかない。……というか、ここで倒れたら間違いなく朝まで目覚めないという確信があった。

「寮まで……帰らないとな……」

最後の力を奮い起こし、和広は寮へと歩き始めた。

そして、ふらふらと歩きながら辿り着いた寮の自室。足を踏み入れた瞬間、和広は咄嗟に戦闘態勢をとった。

(もう時間は過ぎてるはずなんだが……)

油断無く腕時計を確認してみると、針は六時十七分を指している。パターンからして、もう、ゲーム(奈美の言曰く)は終わっている。

だが、室内には確かに誰か人の気配がするし、何より鼻腔をくすぐるこの匂い。誰かが料理しているようだ。

「あ〜おかえり〜〜」

と、その人物が、ひょっこりと顔を見せた。

「燐……?」

予想してなかっただけに、あっけにとられてしまう和広。

(ってか、合い鍵持ってたよな……)

自分の間抜けさに、思わず脱力してしまう。こめかみを押さえながら、和広は部屋の中へと入っていく。

「ずいぶんと〜疲れたみたいだねぇ〜」

「あーそりゃぁ、散々追いかけ回されたからな……。あれで疲れない奴はいないだろ」

ベッドにどさりと腰を下ろし、壁にもたれかかる。

「すごかったもんねぇ〜。五人に囲まれたときはぁどうやって逃げるのかと思ったよ〜」

その時を思い出したのか、燐がくすくすと笑いを零し始めた。

「笑うな。……まぁ、お世辞にも格好いい逃げ方じゃなかったが」

燐とは反対に、苦虫を噛みつぶしたような表情になる和広。……まぁ、砂を巻き上がらせて目潰しに使って逃走などと、誇れるような逃げ方でないのは確かだ。

おまけに、無傷で逃げ切れたのは相手が女子生徒だったから、という理由もあるので、それはなおさらだ。

「でも〜今年も無事に逃げ切ったみたいだねぇ〜。おつかれさまぁ〜」

ぺこり、と燐が頭を下げてねぎらった。

「ちょっと早いけどぉ夕御飯作ったから食べよ〜?」

「そーだな……このままだらだらしてたら寝そうだし、そうするか」

「じゃぁ、ちょっと待っててぇ〜。すぐ持ってくるからぁ」

そう言って、燐はキッチンへと入る。そして、普段からは考えられないほどテキパキとした所作で、テーブルの上に料理を並べていく。

程なくして、準備が整った。

「どうぞ〜」

「ああ」

燐に促され、床に座る和広。目の前には、所狭しと並べられた料理の数々。

「……なんか、妙に気合い張ってるな、今日」

「うん〜。そりゃぁバレンタインだもん〜。和くん〜イベントって嫌いだから騒がないけどぉわたしだって女の子だもん〜。少しくらいはぁ雰囲気味わいたいよぉ」

特別咎めている風ではないが、燐の声にはどこかに寂しさがあった。

「すまんな……」

去年、あまり嬉しくなさそうにしたのを覚えていたため、今年はこうしたのだろう。

恋人同士にとって一つの大きなイベントであるというのに、それを犠牲にさせてしまっている――そのことに、和広は心から謝罪した。

「ううん〜いいよ〜」

燐は、そう言って笑った。屈託のない笑顔で。

「さぁ食べよう〜」

「ああ。いただきます」

そう言って、和広は箸と茶碗を手に取り、ご飯を口に……

「えい」

入れようと思った瞬間、燐が何かを放り込んだ。

「ん!?」

さすがに驚く和広。

「甘くないしぃ毒じゃないから大丈夫だよ〜」

反射的に吐き出そうとした和広に、燐が釘を打った。

そう言われては口から出すわけにもいかず、和広は仕方なくそれを咀嚼する。

「…………チョコ?」

「あたり〜」

燐が、イタズラを成功させた時独特の笑みを浮かべた。

「和くん〜甘いの駄目だって言ってたからぁ甘くないチョコ作ったの〜。苦みも抑えてるからぁ食べやすいでしょ〜?」

「確かに食いやすいが……だからってなぁ」

「だってぇ〜去年〜すっごく嫌そうな顔して食べてたでしょ〜? なんだか悔しかったんだもん〜」

ぷく〜っと膨れてみせる燐。どうやら、口で言う以上にご立腹のようだ。

「あーいや……すまん」

そう言われては、和広はただ謝るしかない。

「ねぇ〜これはどう〜?」

「ん? ああ、まずくはない」

「ほんとぉ!? よかったぁ〜」

和広の言葉に、燐はぱぁっと花が咲いたような笑顔をみせる。去年が駄目だっただけに、余計に嬉しいのだろう。

「あーでも、飯食う時に口に放り込むのはなしな」

「えへへぇ〜ごめん〜」

照れ笑いのような表情を作る燐。和広は、思わずぷっと吹き出してしまう。

「あははははは」

「ふふふふふ」

そして、こらえきれなくなったのか、二人して大声で笑い出していた。

 

 

〜余談〜

「あれぇ〜? 美佳ちゃん〜。薫くん一緒じゃないの〜?」

いつもならば、並んで現れるはずの薫がいないことに、燐は率直に疑問を浴びせた。

「あーいや……その…………」

あらぬ方に視線をやりながら言葉に詰まる美佳。

それを見て、和広はぴんときたらしい。殊更に深く大きく、溜息をついた。

「…………燐、放課後は予定大丈夫だったよな?」

「ほえ? うん〜平気だよ〜」

きょとんと答える燐。和広は小さく頷いた。

「ん、じゃぁ、薫の見舞いに行くぞ。適当に胃に優しい差し入れでも持って、な」


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